まるで別世界の存在
所謂天才って、いつもどんな事を考えているのでしょうね。正直、私にはとても縁遠い世界です。きっと私が10考える間に、その何倍も何十倍も、濃厚で大量の物事を考えられるのでしょう。その能力が生まれつきなものなのか、経験から生まれたものなのかは定かではありませんが、いずれにせよ「それだけしっかりと考えられる能力」を持てる「才能」があったと解釈しているので、羨ましくて仕方がありません。
芸術家も同じくです。私では思いつかないような事を、呼吸をするかのように思いつき、形にする。ときに感覚的に、ときに論理的に。私が考え付かなかった表現を、さも当たり前のように、そして非常に完成度の高い状態で体現する。これもまた、先天的なものか後天的なものかは分かりませんが、どちらにせよ、やはり「才能」には違いなく、私は嫉妬するばかりなのです。
どんなに頑張っても到達できない世界ってのは確かにあって、ただ不思議と、世界は、頑張れば到達できるんじゃないかと思わせてくれる。
それが何とも残酷であり、優しくもあり、楽しくもあり、苦しくもあり。
もう少し努力すれば叶った事もたくさんあったとも思うし、運がなかったから、才能がなかったから仕方ないとも思う。結局正解なんてないんですよね。ははは。
…と、在りし日の青春とも言い難い、苦い苦い日々を思い出させてくれた『蜜蜂と遠雷』。
なんだかんだと言葉を並べはしましたが、非常に面白かったです。楽しめました。
ピアノの音と共に優雅な雰囲気が漂いながらも、芸術家として生きる人々の激しい感情をぶつけてくる作品だったと思います。
以下、感想をつらつらと。
天才と凡人
天才と凡人の対比が痛いほどに見事だったと思います。
天才側はどこまでも目的に忠実というか、いい意味で周りが見えていない。というか気にしていない。他の人間との関わりで心境に変化があっても、決して自身の目標からはブレない。ただただ自分の目指す音楽に向かって、必要なものは取り込み、不要なものは認知しない。ズバ抜けた集中力と、確立した自身のスタイルこそ、天才と呼ばれる所以なのだと感じました。
また凡人側の、特に審査員を「選ばれなかった人」であるとする見せ方は、非常に胸をグッと掴まれる思いでした。本人たちが劇中で語ったように、幼い頃には「神童」なんて持て囃されたのでしょう。しかし、大人になった彼らが辿り着いたのは、演奏者としてのピアノの音を届ける未来ではなく、審査員として誰かの演奏にケチをつける現実。自分の演奏が世間に求められていなくても、ピアノには関わっていたいと足掻いた末路。
…ピアノを演奏するというのは、表現するというのは、選ばれた人間のみに許された、非常に崇高なものなのだと、痛感しました。
4者4様の音楽性
音楽に対する取り組み方も、向き合い方も違う4人の描き方が、非常に見応えがあったと思います。
音楽と母親がほぼイコールだった亜夜。
完璧の中でも、新しいものを模索するマサル。
天才には無い、「凡才」の中で理解を得ようとする明石。
自由に、踊るように、楽しく、な塵。
4者4様の音楽性を、この4人の目指すところをしっかり表現しつつ、苦悩も描く。
彼らの目指す音楽が直接語られるところは非常に少なく、しかしながら見ているだけでビシビシと感じられるのが、如何にも文学的で、心地よささえ感じました。
とくに最終選考に残った3人の音楽に対する向き合い方は「別世界」。感覚で理解できても、彼らの目指す音楽は、おそらく並大抵の人では、目標として挙がってこないのだと思います。
またピアノの音からも、それぞれの表現したい世界を感じる事ができるため、音響環境が整った映画館で見てもらいたい作品だと感じました。
原作とはだいぶ違うらしい…
帰り道にカップルの話を立ち聞きしたんですけど、原作とはかなり違った点があるみたいですね。原作ではあった場面がなかったり、逆に原作にはない場面が表現されていたり。
本来は無かった世界を補足できるという意味では、映像化とは非常に良いものではないかなと感じました。
とはいえどこが違うのか気になる…。原作も読まなきゃ…。
原作を読み終えて、再びこの作品を鑑賞した時、感想にどんな変化が生まれるのか。
また1つ楽しみが増えた気がします。
余談、というか嘆き
結局、「どれだけ真摯に、情熱的に、まっすぐに、それだけを見つめられるか」が、天才として、表現者として確立していける人の条件なんだと感じました。余計な事に心のリソースを割かない。自身が持てる全てを目的の為に注力する。それこそが成功の秘訣。
これを実現できるのは自身の実力はもちろんですが、周りの環境とか、運とか、総合的に色んな要素が絡んでくるのでしょう。
いずれにせよ「神様に選ばれたごく僅かな人間」のみが、舞台に立つ事が許されるのだと思います。
正直羨ましいです。実力も、才能も、存在そのものが。その全てが。
…ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。