まるマッコリの日記(仮)

自分の思ったこと、好きなものを書いていきます。主に特撮やFGO。

まるマッコリの日記(仮)

『珈琲をしづかに(1)』感想 甘く、苦く、豊潤で、もどかしい。

 「大人への憧れ」を抱いたのは、何時頃の話だろうか…。はっきりとは覚えていない。抱かなかった気もする。そもそも何をもって「大人」と言うのか、社会人になった今でも朧気である。

 働き始めたら?煙草をふかせるようになったら?お酒がおいしく飲めるようになったら?大人っぽい事を挙げ始めるとキリがないが、これと言った明確な解答は出ない。一体大人って何なのだろうか。

「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?

「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?

 

 

 所謂大人への階段。煙草だったりお酒だったりと星の数ほど存在する上に、人によっても千差万別なのだろうが、私の考える大人への階段の1つに「珈琲が飲めるようになる」がある。他にも同じ階段を意識された方がいらっしゃるのではなかろうか。

 幸い、私の両親は日常的に珈琲を口にする人間だった為、その階段を上るのにさほど時間はかからなかった。ただ飲み始めた当初は眠気覚ましの意味合いが強く、「飲みたくて飲んでいる」というよりも、「飲まなければやってられない」という方が表現としては的を射ていた。さして不味いとも思っていなかったが、特別美味いとも感じていなかった。さらに言えば、受験勉強の為に日常的に飲んでいた珈琲だったが、それはあくまで両親が飲みたくて購入したもので、私が望んで買ったものではなかったのである。

 

 しばらくして短大に通う事が決まったのだが、地元からはあまりに遠く、学校付属の寮で生活する事を余儀なくされた。不安と喜びが入り混じった、憧れの1人暮らしがスタートしたのだ。

 学費や寮費は両親に工面してもらっていた為、私が稼ぐ必要があったのは自身の生活や趣味嗜好を満たす為のお金。幸運にもバイトがすぐに決まり、程なくして、人生初の給料が私の手元に入ってきた。今にしてみれば大した金額ではないのだが、1人暮らしのオタクが物欲を満たすには十分な金額だった。

 学生時代には買えなかったあれやこれや、加えて生活必需品を買い揃えていく中、気付けば私は珈琲を買っていた。特別飲みたいとも思っていないのに、だ。理由はよく分からない。受験勉強で珈琲を飲む事が慣例化していたからかもしれない。または両親からコーヒーメーカーを譲り受けたからかもしれない。ただ、飲みたいとか飲みたくないとか考える前に「珈琲を飲まなければならない」と無意識の考えがあった。というか、無意識の考えがあった事に気が付いた。

 

 …あぁ、そうだ、この頃だ。珈琲を美味いと感じるようになったのは。無意識に買った珈琲。自分のお金で買った珈琲。確かに両親が買っていたものとは違う種類の珈琲だったが、銘柄の違いを味で感じられる程、私の舌は肥えていない。美味いと感じたのは、受験勉強というしがらみからの解放感からかもしれないし、1人暮らしという未知の領域への期待感からかもしれない。ただ間違いないのは、4畳にも満たない小さな部屋で、1人でゆったりと味わう珈琲は、これまでになく美味であり、どことなく自分が成長した気になれるふくよかな味わいだった。

 

 

珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

 

 私と同じように、珈琲に大人を感じた貴樹は、これからどのような成長を遂げるのだろうか。人間とは環境に左右される生き物だ。身の回りに自分よりも大人な人間が多くいれば、それだけ本人の成熟も早くなる。自ら大人になりたいと悩み、自ら大人へ関りを持ち始めた彼のこれからに、どうしても期待してしまう自分がいるのだ。彼の求める大人、珈琲が似合い、さらにはクリームソーダを飲んでも格好がつくような、そんな大人になるにはどうしたらいいのか。まだまだ青臭い私も一緒に考え、一緒に感じながら、見守っていきたい。

 また、しづへの恋心には、私個人として非常に共感してしまう。絆創膏を渡され、その日言いようのない高揚感でたまらなくなる夜を過ごした話は、少年のまっすぐ過ぎる恋心がありありと表現されていて、こちらも緊張してしまった。どうなりたいとかではない、ただ、ただ好きなのだ。そんな懐かしささえ感じさせるまっすぐな気持ちを、久々に味わえた気がした。

クリームソーダ 純喫茶めぐり

クリームソーダ 純喫茶めぐり

  • 作者:難波 里奈
  • 出版社/メーカー: グラフィック社
  • 発売日: 2018/08/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 自分の精神が幼いからこそ、その幼さを埋めるように、正反対の大人な女性を好んでしまうのだろう。分かる…分かるぞ…。お淑やかで、優しそうで、和服の似合う喫茶店のマスター。しかも年上で美人の女性だなんて、健全な青少年が憧れないはずがない。少なくとも私は憧れる。私がこの物語を手に取ったきっかけも、何を隠そう表紙の絵なのだから。私も、しづのようなマスターが務める喫茶店に通うような、甘酸っぱい青春時代を過ごしたかった…。

 ―話が逸れた。

 大人への憧れ故か、純粋な恋心なのか、いずれにせよ貴樹の青春の行く末には、やはり目が離せない。これから先に待つ未来は、クリームソーダの様に甘いのか、それとも珈琲の様に苦いのか。いずれにせよ、味わい深い未来が待っている事だろう。時に甘く、時に苦く、時に豊潤で、時にもどかしい、そんな未来が待っているのだろう。それはまさに、丁寧に入れた珈琲のような深い味わいがあるように思えて仕方がないのだ。

 

 

 この物語で悩める人物は、貴樹だけではない。貴樹が密かに思いを寄せるマスター、しづもまた、大人とは何かを考える人物だ。面白いの事に、貴樹は彼女を「大人の女性」として見ているのだから、読み手の私としてはより一層、大人とは何かを考えさせられる。しかし悩みは、独りで悶々としていても一向に解決しないのだろう。この物語の様に。

 悩みとは、考え抜いた末に解決するものではないのだ。時に行動し、様々な事象をインプットして、そこで初めて考えて、解決への糸口を掴む事ができる。貴樹の憧れからくる行動は、何も貴樹だけに影響するのではない。悩めるしづにも、きっと影響を及ぼす事だろう。それがどのような影響を及ぼすのか。今はただ、ゆっくりと待ちたいと思う。新しい珈琲でも淹れながら…。

サーモス 真空断熱ポットコーヒーメーカー 0.63L ブラック ECJ-700 BK

サーモス 真空断熱ポットコーヒーメーカー 0.63L ブラック ECJ-700 BK

  • 発売日: 2018/08/21
  • メディア: ホーム&キッチン
 

 

 

 話は変わるが、市販されている珈琲は、いくつかの豆を組み合わせている事がほとんどだ。ストレート、1種類の豆から淹れる珈琲は、その豆が持つ風味を存分に味わう事ができるのだが、反面その豆が持つ癖も強く感じる事になる。その癖を隠すべく、いくつかの豆を組み合わせて飲みやすくしたのが、一般的に市販される珈琲、所謂ブレンドなのだ。

 この物語は、ブレンドのような期待感を持たせてくれる。個々のキャラクターの抱えているものが、抱えているもの同士の関りで中和され、成長へと繋がりそうな、そんな期待感。人との関りは、時に予期せぬ思いを抱かせる事になるだろうが、それでも人との関りが続く限り、何時かは飲みごたえのあるブレンドへと変わっていくのではなかろうか。

 この物語は、これからどんなブレンドになっていくのだろうか。私好みのブレンドになっていくのだろうか、またはこれまでにない味わいのブレンドが完成するのだろうか。

 …今はただ、しづかに待ちたい。