まるマッコリの日記(仮)

自分の思ったこと、好きなものを書いていきます。主に特撮やFGO。

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『his』感想 特別な事なんて何もない、ただただ愛に溢れた映画だった。

 断っておかなければいけないのは、私は同性愛者ではない。だからこの映画の感想を書くにあたって、様々な記事を読んだが、何をもって理解したと言えるのか、明確な答えは出なかった。

 同性愛者への理解が足りない。その事が、この映画を十分に楽しめていないような気がして、気がかりだった。

 

  

 『his』は、男性の事が好きな男性、所謂ゲイである主人公・井川迅とその元恋人・日比野渚の関係を描いた物語。今泉力哉監督作品はじんわりと温かく、それでいて言葉では表しにくい、何とも言えない愛情を表現する事が特徴的だと考えているのだが、今作もまた、いい意味で言葉に詰まる作品だった。

 以前私は『mellow』という映画の感想をこのブログで書いたのだが、自分の語彙力の無さに辟易した。あんなにも温かい気持ちになれる素晴らしい映画だったのに、何故こんなにも言葉にならないのかと、自分を呪った。それでも必死に言葉を見つけ、作品から受け取った優しい愛情が壊れぬように配慮して感想を綴ったのだが、今でももっといい言葉があったのではないかと思う時がある。

marumakkoriblog.hatenablog.com

 

 『his』はさらに言葉に詰まる。あの優しい愛情表現に、センシティブな内容が加わっており、正直下手な事は言えないとビクビクしながら今まさに言葉を綴っているところだ。さて、どうしたものか…。

 

 

 作中、同性愛に纏わる話題を「不自然」だと表現する場面が多々あった。裁判のシーンで渚の同性愛が話題になった事もあり、同性愛が「普通ではない」と言葉にされる場面も多かった。なにより当事者である渚が、妻がいて子供がいる生活「普通」だと言っていたし、迅もゲイである事が悟られないよう1人で田舎暮らしをしていた人間なので、やはり同性愛というのは、普通ではないというのが世の中の認識だろう。

 

 物語中盤、ゲイである事を隠して村で過ごしていた迅だが、渚とキスしているところを渚の娘・空に目撃される。空はその事を村の人間に無邪気に話してしまうのだが、このシーンで、観客の一部から笑いが聞こえた。

 きっと悪意はないだろう。子供の無邪気さ故に起こったハプニング、そうも解釈できるので、笑う事は決して悪い事ではないとは思う。しかし私は、「生きる為に隠していた迅の秘密が不本意にも暴露され、穏やかな生活が脅かされた」と解釈しており、とても笑える状況ではなかった。むしろあの時の笑いにどこか引っ掛かるものを感じた。

 別の回想シーン。ゲイである事を隠して就職した迅は、会社の飲み会でバレそうになるもその場をごまかす。その時同席していた会社の人間は、皆笑っていた。お酒の席だった事もあったのだろうが、「迅なら寝てもよかったのに」と発言する人間もいた。悪意は無いのだろうが、そこに誠実さは無いように感じた。

 私は、劇場で笑った観客と迅の隣で笑っていた会社の人間が、この時重なった。お互い悪意はない、それでも同性愛をどこかファンタジーのように客観視している感じ。言いようのない違和感を感じた。

 しかしその違和感は、私自身にも感じていた。私は私で「同性愛者である事の生きづらさ」を不憫に思っているようで、それはそれで失礼に当たるのではなかろうかとも考えていた。

 …一体何が正解なのか、分からなくなった。

 

 

 私の中で正解が見いだせない作品だったが、ただ1つだけ確信を持って言える事がある。迅と渚の作る「愛し合うもの同士」の空気感が素晴らしかった事、切なくなる時もあったが、2人のやりとりは見ていてじんわりと心が温かくなった事だ。主演2人の表現力には、思わず声が出てしまった。

 おそらく主演の2人は同性愛者ではないと思う。各種インタビューを漁ってみたが、自身が同じ境遇だったといった発言は見られなかった。しかし宮沢さんの発言からも、藤原さんの発言からも、LGBTQに対して一生懸命歩み寄っている様子だった。

 もちろん理解しているからと言って表現できるとは限らない。理解したから表現できるのであれば、世の中みんな主演男優賞、主演女優賞である。それでも、宮沢さんと藤原さんは演じきったのだ。「愛し合うもの同士」を。

 冒頭のシーンや、作品の随所に登場するキスシーンなどに違和感がない。同性愛者ではない男同士が演じている事を忘れさせる程だ。それだけではなく、何気なく並んで歩いているシーンや一緒にいるシーンにも、友情を超えた距離感が伝わってくる。その仲睦まじさに、思わず笑みがこぼれる。許し許されたもの同士がもつ独特の距離感や空気感を、若い二人は演じきったのだ。

 

 仕事帰りに1人で鑑賞したのだが、鑑賞後無性に、しかし穏やかに、彼女に会いたいと思えた。愛する人間が近くにいる喜びを、じんわりと噛み締めたくなった。そんな映画だった。これだけは唯一、確信を持って言える事だ。

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 ―ああ、そうか。彼らは、普通に愛し合っているだけなのだ。私が彼女を愛するように、迅は渚を、渚は迅を、愛しているだけなのだ。 あぁ、今やっと気が付いた。彼らに特別な事なんてなかったのだ。

 

 この記事を書く前は、同性愛者が未知の存在に思えて苦悩していた。一体どのように向き合えばいいのだろうか、どういった感情を持てばいいのだろうか。判断に迷った。

 映画が終わっても劇場で起きた笑い声が心に残り、色んな記事やインタビューを読み漁った。どのように同性愛者と向き合えばよいか、その答えが知りたくて。

 でも考えるまでもなかった。迅と渚の事を書きながら、答えが出ていた事に気が付いた。なにより映画に回答があった事を、色々考えた中でようやく理解できた。

 

 裁判の最後で渚が語っていた、「自分が特別ではない」と。それは同性愛者を正当化する発言ではなく、自分自身を「かわいそうな奴」だと認識していた渚の、懺悔にも後悔にも聞こえる言葉だった。周りが「普通じゃない」と特別扱いする以上に、「自分は世間とは違う」と蔑み、自分自身を特別扱いしていたのだ。

 彼らはただ、愛し合ってるだけなのだ。そこに特別なものなんてなくて、異性愛者と同じような愛情が存在しているだけなのだ。

 あの時劇場で笑った人達の方も、焦燥感を感じた私も、ある意味で正解だったのかもしれない。秘密がバレてしまったという状況はコントなんかでも笑いどころとして用いられるし、人に話したくない秘密がバレてしまえば誰だって焦る。そこに「同性愛者だから」という感情がなければ、特別な感情が無ければどちらも正解なのだと思う。

 

 考えてみれば、そもそも人なんて違う生き物なのだ。育ててくれた家族や、一緒に過ごしたいと思う彼女ですら、私と全く違う価値観や考え方を持っているのが「普通」で「常識」。自分が他とは違う事が当たり前なのだ。それが同性愛者となった途端に、「普通」や「常識」が通用しなくなる。そうではない。みんな違うのが「普通」で「常識」なのではなかろうか。

 

 

 私は言葉に疎い。これまでも熱量だけで感想を書き上げてきた。だから今回も同じように、それでも細心の注意を払って、いつものようにつらつらと綴っていきたいと思っていた。というより、書きたかったのだ。下手に人を傷つけてしまうくらいなら書かない方がいいのではないかとも考えたのだが、それは私の気持ちが許さなかった。拙くても書きたかったのだ、この美しくも優しい世界の話を。

 結果的に書いて良かったと思っている。書いた事で、自分の中にあった感想を見つける事ができた。 今は作品に対する感動というよりも、納得感の方が強い。「なんだ、そんな事だったのか」と腑に落ちた気持ちの方が強いのだ。あぁ、本当にいい映画だった。ただただ愛に溢れた、素晴らしい映画だったんだ。

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